大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)59号 判決 1958年7月15日

控訴人 原告 杉本行雄

被控訴人 被告 青森県知事

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が昭和三〇年八月一六日青森県告示第七三五号をもつて、青森県上北郡六戸村大字犬落瀬字柳沢九一番五一号、五二号、五四号、五五号山林のうち合計三〇町歩についてした造林地指定(同年三月二六日青森県告示第二五四号)を取り消した処分を取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人が、

一、被控訴人が昭和二九年一月二六日青森県上北郡六戸村大字犬落瀬字柳沢九一番五一号、五二号、五四号、五五号山林(以下本件山林という)につきした未墾地買収予定地の指定(青森県告示第五六号)は、昭和三〇年一月二八日した買収処分の取消により取り消された。

農地法四八条一項の買収予定地の指定と同法五〇条の買収令書の交付とはそれぞれ別個独立の行政行為であり、したがつて買収令書の交付のみの効力を消滅せしめ、買収予定地指定の効力を存続せしめることはもとより可能であるが、しかし元来、買収予定地の指定は、買収令書の交付のための準備行為であり、ともに買収という終局目的に向けられた一連の行政行為であるから、買収処分を取り消すという場合は、特にその取消書に、買収令書の交付のみの効力を取り消すとか、或は買収予定地指定の効力を存続せしめる旨を明記しない限り、買収予定地の指定から買収令書の受付に至る買収手続全部を取り消したものと解するのが相当である。本件についてこれをみるに、昭和三〇年一月二八日の買収処分の取消通知書(甲第九号証)の記載に照らしても、本件山林に対する未墾地買収手続のうちの一行為、すなわち昭和二九年八月三一日の買収令書の交付の部分だけを切りはなして、この部分だけを取り消す趣旨であるとは、とうてい解されない。もしかような趣旨ならば、そのことを特に明記すべきであるにかかわらずこれを明記していない。右通知書に「農地法四八条によつてなした未墾地買収処分を取り消す」と記載しているが、これは、被控訴人が買収令書の交付による狭義の買収処分だけでなく、買収予定地の指定をも含めて買収手続全部を取り消す趣旨であつたからこそかような表現方法を用いたのであり、また右取消通知書を受け取つた控訴人も、本件山林についてなされた買収手続全部が取り消されたものと解釈したのは、けだし当然である。もし被控訴人主張のように、右取消処分が買収令書の交付による買収処分のみに限定する趣旨であつたなら、「農地法五〇条によつてなした買収令書の交付を取り消す」というべきで、「農地法四八条によつてなした未墾地買収処分を取り消す」という必要はない。ちなみに、同法四八条は、知事の買収予定地の指定及びその公示から始まり、市町村農業委員会への通知、公示、縦覧、所有者への通知、意見書の提出、都道府県開拓審議会への諮問及びその答申に至るまでの一連の行為を規定し、買収令書の交付は、別に五〇条に規定しているのである。

二、仮に昭和二九年一月二六日の買収予定地の指定が昭和三〇年一月二八日の買収処分取消により取り消されないとしても、同年二月五日の未墾地買収予定地の指定によつて取り消された。

1、もし被控訴人主張のとおり、昭和二九年一月二六日の買収予定地の指定が有効に存続していたものとするならば、被控訴人は同じ目的物である本件山林(ただしその範囲は前後相異る)について、重ねて同一行政処分である昭和三〇年二月五日の買収予定地の指定及び公示をする必要はないわけである。被控訴人は、後者の指定は前者の有効であることを確認する趣旨でしたと主張するけれども、そもそも前にされた適法有効な行政処分を確認するため、改めて同一内容の行政処分をするということはあり得ない。前にされた違法な行政処分の無効を確認する趣旨で、これを取り消すことは許されるが(ただしこの場合は前処分と後処分とは必ず矛盾する)、前処分が有効であるのにこれを確認するため、二重の行政処分をするということについては、法律上何らの根拠がない。

けだし、前処分が有効ならば、これを前提としてその後の手続を進め、もし必要があれば、後の手続が前処分に基くことを明示すれば足りるのであつて、前処分と同様の処分をさらにくり返すことは、かえつて混乱を生じ、弊害こそあれ何らの利益をもたらさないからである。そしてこのように同一内容の行政処分が前後して行われた場合は、後処分により前処分を取り消して新たに発足する趣旨と解すべきことは、すでに多くの判例の示すところである。それゆえ、昭和三〇年一月二八日の取消処分が、昭和二九年八月三一日付の買収令書の交付だけの取消と仮定しても、同年一月二六日の買収予定地指定は、昭和三〇年二月五日の買収予定地の指定によつて取り消されたものといわなければならない。しかも、その間に前処分の取消処分である同年一月二八日の処分が介在しているのであるから、なおさら右のように解するほかはない。

2、昭和三〇年二月五日の買収予定地の指定が、昭和二九年一月二六日のそれと全然別個独立の新処分であることは、それぞれその対象とされた山林の範囲と所有者が異ること及び後者につき全部最初の段階から手続をやり直した事実によつて明らかである。

すなわち、控訴人は昭和二九年八月一七日前所有者上北農林株式会社から本件山林を含む合計一六九町一反一畝五歩の土地を買い受け、その旨所有権移転登記を経由したのであつたが、これよりさき昭和二三年五月二一日被控訴人は、本件山林等を、農林省営農試験地(林業、酪農、水田、畑作の総合的営農の試験を目的とするもので、自作農の創設を目的とするものではない)に充てるため買収し、試験的耕地部分四〇町一反一二歩に自作農一二世帯を入植させていたが、その後昭和二九年一月一四日被控訴人は、右買収処分は旧自作農創設特別措置法の精神に反する違法な処分であるとして自らこれを取り消した。それで控訴人としては、これら入植者を退去させてもよかつたのであるが、それをするに忍びず、既成事実を尊重する意味で、同年一一月ごろ右耕地部分四〇町一反一二歩を入植者らに国の売渡価格で売り渡した。したがつて昭和二九年一月二六日した買収予定地から、入植者に解放した右耕地部分を除外する必要もあり、かつ所有権の変動があつたばかりでなく、その後地番の合筆が行われたこと等の諸般の事情から、被控訴人としては、本件山林につき買収予定地の指定から全部の手続を新たな立場でやり直す必要に迫られていたのである。

そして現に、昭和二九年一月二六日の買収予定地の指定によれば、その対象は、訴外渋沢同族会社所有の字柳沢九一番一号、五三号を含め合計一七二町八反九畝二一歩(そのうち控訴人所有地は一六九町一反一畝五歩)であるのに、昭和三〇年二月五日の買収予定地の指定の対象からは、控訴人所有の他の山林一五町九反六畝一〇歩及び右訴外会社所有の三町七反八畝一六歩を除外している。もし前者の指定が取り消されないとすれば、被控訴人はこれから除外した四〇町一反一二歩及び一五町九反六畝一〇歩について、農地法四八条六項により公示変更の手続をすべきであるのにこれをしないで、かえつて後者につき新たに買収予定地の指定、公示、縦覧、意見書の提出、開拓審議会の答申等一切の手続をやり直しているのである。以上の事実によつて明らかなとおり、後者の指定は前者の指定とは別個独立の新処分であり、したがつて前段で述べた趣旨で、前者の指定は後者の指定によつて取り消されたものといわなければならない。

3、被控訴人は昭和三〇年三月二六日の造林地指定を取り消すに当り、その理由として、「昭和三〇年三月二六日付青森県告示第二五四号による三本木市杉本行雄の上北郡六戸村大字犬落瀬字柳沢九一番地の山林三〇町歩に対する造林指定は、当該土地が昭和三〇年二月五日青森県告示第九六号による農地法適用の未墾地買収予定地であるから、取り消す」(甲第八号証)と明言した。しかるに本訴において、昭和三〇年二月五日の買収予定地の指定がなされる前に同年一月一一日造林計画の公示がされている事実が明らかとなるや、これを違法な処分であるとするためには、その前にされた昭和二九年一月二六日の買収予定地の指定がなお有効に存続するものであることを主張する必要に迫られ、ここに昭和三〇年二月五日の指定は昭和二九年一月二六日の指定を確認する趣旨でしたと主張するに至つた。これによつてみても、被控訴人は昭和三〇年二月五日の買収予定地の指定をもつて、本件山林に対する未墾地買収手続を新たにやり直したのであつて、昭和二九年一月二六日の買収予定地の指定及びその公示は取り消されたものであること明らかである。

三、以上の次第で、昭和三〇年一月一一日本件山林のうち三〇町歩につきした造林計画の定めは、これに先行する昭和二九年一月二六日の買収予定地の指定及び公示並びにこれに基く同年八月三一日付買収令書の交付による買収処分全部が失効した結果、有効適法なものとなり、したがつてこれに基く昭和三〇年三月二六日の造林地指定は適法であつて、何らの瑕疵がないから、これを取り消した同年八月一六日の青森県告示第七三五号による本件取消処分は違法であるといわなければならない。

四、1、仮に被控訴人主張の如く、昭和二九年一月二六日の買収予定地の指定が取り消されなかつたとすれば、被控訴人がした昭和三〇年一月一一日の造林計画及びこれに基く同年三月二六日の造林地指定は錯誤に基くものといわなければならないが、右造林計画及び造林地指定処分の内容自体に何ら違法はないから、この点の錯誤を理由として右造林地指定処分を取り消すことは許されない。

2、仮に被控訴人が右のような錯誤に陥らず、したがつて昭和二九年一月二六日の買収予定地の指定を知りながら、右造林計画及び造林地指定処分をし、しかもその取消が許されるとすれば、それこそ行政権の専恣横暴を許し、国民を愚弄するものにほかならないから、錯誤の場合より一属強い理由をもつて、右造林地指定処分の取消はできないものといわなければならない。

五、仮に右の主張が理由がないとしても、次の理由により昭和三〇年八月一六日した本件取消処分は違法である。

1、右造林地指定処分は、その相手方である控訴人に権利を設定する行為であることはいうまでもない。すなわち、控訴人はこれによつて農地法に基く買収の危険から完全に解放され、絶対の安心をもつて造林に全力を尽し得べく、しかもこれにつき補助金まで支給されるという特別の地位及び法律状態に置かれることになつたわけである。(右造林計画及び造林地指定処分はむしろ被控訴人が自ら積極的に勧めたのであつて、控訴人の不正な届出等によつてこれをなさしめたのではない。)控訴人は右造林地指定に基き昭和三〇年一〇月二五日までに第一回の一五町歩の造林を完了し、同年一二月一日には被控訴人に対しその求めにより、本件山林の一部を模範展示林として貸与する契約を結び、翌三一年二月には被控訴人から模範展示林の指定を受け、次いでその指示によりその旨の標識までも建設した。さらに控訴人は同年一一月第二回の一〇町歩の造林を完了し、翌三二年一月三〇日までに第一回の造林一五町歩に対する補助金合計一四八、四六七円を受領したのである。以上のように控訴人は前記造林地指定処分を有効適法なものと信じ、かつ被控訴人からもこれを前提とする種々の指示を受けたので、二五町歩の広範囲にわたり多大の労力と資金を投じて造林を完成したのであつて、今これを取り消されると、これまでの努力は全く水泡に帰し、控訴人の被る物的損害もまた甚大である。このように一たんされた行政処分に基き各種の生活関係が築かれ、これを取り消すことによつて当該行政処分の相手方に著大な損害を与え、しかもこれを取り消すにつき特段の公益上の理由がないときは、右行政処分の取消は許されないものといわなければならない。

2、被控訴人が昭和三〇年三月二六日した造林地指定処分を取り消すべき公益上の理由はなく、むしろこれを存続せしめることこそ公益目的に合致する。すなわち、本件山林を含む青森県上北地方一帯は、明治初年まで満目荒寥たる荒野で、太平洋から吹き寄せる東偏風と青森湾から吹きつける北風が縦横に荒れ狂い、火山灰質の表土の浅い土質と相待つて、耕地はもちろん樹木も育たない不毛の原野として放置され、専門家でさえ造林の可能性を疑つたのであつたが、それが多年にわたる関係者の粒々辛苦の結果、現在見るように、本件山林を含む一五〇町歩の広地域にわたり見事な美林と化し、その八〇%までが一八・九年生の赤松によつて蔽われている。そしてこの山林は青森県における民有林のうちでも最も模範的な造林地に選ばれ、立木等級の実態調査の結果、地位二等に該当する優良林との折紙をつけられ、そのため前記のとおり、被控訴人から林業技術等指導の展示林として指定を受けるに至つたものである。ところでわが国の農林行政は昭和二五年ごろを境として大いなる変化を遂げ、造林臨時措置法の制定、森林法及び農地法の改正により、終戦直後の緊急開拓第一主義の農林行政の行過ぎが是正されるに至り、一方森林資源の保護育成のため具体的な対策が立てられ、年々多額の造林補助金を支出し、今や国土緑化運動は一大国策として大々的に展開されるに至つた。そして世界的傾向として各国は農産物の生産過剰に苦しむ反面、建築用材としてはもとより紙、繊維の原料として木材の需要は年々飛躍的に増大しつつあるこのときに、依然として開拓第一主義を固執し、明治以来先人が苦心して育て上げた森林を開拓の名において大量に破壊することは、まさに時代のすう勢に逆行するものである。ことに上北地方のような寒冷風衝の地にあつては、ひとたび森林が破壊されると、土地の生産力は皆無となり、ふたたび不毛の荒野と化することは、この地方の歴史が証明している。造林すればこそ水も湧出し、土地も肥え、防風の役も果し、自然付近一帯も沃野と化するのである。本件山林を伐採して開墾してみても、土壊、土地の形質(八〇%までが一五度以上の急傾斜)、気候その他の条件からしてとうてい耕地に適せず、結局これを放棄することは火を見るより明らかであつて、その際その愚を悟り、ふたたび造林し森林を作ろうとしても、さらに数十年の血と汗の努力をくり返さなければならないであろう。それならば、本件山林をこのまま林地として存置することこそ、国策ひいては公益目的に添うゆえんであり、したがつて前記造林地指定処分を取り消すべき何らの公益上の理由はない。

六、私法の原則である信義誠実の原則は、行政処分にもそのまま適用され、行政権の濫用は許されないことは多言を要しない。本件山林について未墾地買収と造林地指定という両立ないし同時存在を許さない行政処分を右に与え、左に奪うことはおろか、これを幾回となくくり返えし、控訴人をしてその帰すうに迷わせ、これを愚弄した被控訴人の所為は、国民の重大なる財産権の安否、得失に全く意を用いない専恣横暴な行政権の濫用にほかならないのであつて、憲法の理念のとうてい是認し得ないところである。

以上の次第で、被控訴人が昭和三〇年八月一六日青森県告示第七三五号をもつて、同年三月二六日にした造林地指定を取り消した本件取消処分は違法であり、そしてその瑕疵は重大かつ明白であるから無効であり、仮にそうでないとしても取り消されるべきものであると述べ、

被控訴代理人が、控訴人の右主張事実中、本件山林についてされた行政処分関係が控訴人主張のとおり(ただし、昭和三〇年一月二八日の取消処分によつて取り消されたのは、昭和二九年八月三一日付の買収令書の交付による買収処分だけでなく、同年一月二六日の買収予定地の指定をも含むとの点は否認する。)であること、昭和三〇年八月一六日付青森県告示第七三五号に控訴人主張の記載があること、被控訴人が昭和二九年一月一四日控訴人主張の理由で本件山林等に関する買収処分を取り消したこと、控訴人がその主張の四〇町一反一二歩を入植者らに解放したこと、同年一月二六日した買収予定地指定の範囲及び昭和三〇年二月五日したそれの範囲が、それぞれ控訴人主張のとおりであることは認めるが、控訴人その余の主張事実は争う。

被控訴人は本件山林等につき、昭和二九年一月二六日青森県告示第五六号をもつて未墾地買収予定地の指定をしてその旨公示し、同年五月一八日当時の所有者であつた上北農林株式会社に対し、買収の時期を同年七月一日と定めて買収令書を交付したところ、買収の時期までに対価を供託しなかつたため、右買収令書は失効したので、さらに同年九月一五日買収の時期を同年一一月一日と定めて買収令書を交付したところ、本件山林等の所有権は同年八月一七日すでに控訴人に移転され、その旨登記がされている事実が判明したので、被控訴人は昭和三〇年一月二八日右買収処分を取り消し、その旨右会社に通知した。したがつて被控訴人としては、本件山林等につき、買収予定地の指定の公示その他の手続をくり返えすことなく、別途買収の時期を定め、買収令書を所有者である控訴人に交付するだけで足りるわけであつたが、すでに右買収処分を取り消しており、かつ買収予定地の指定後すでに一年以上を経過しているばかりでなく、誤つて昭和三〇年一月一一日本件山林のうち三〇町歩につき造林臨時措置法七条に基いて造林計画を定め、その旨公示していた関係もあつて、さきにした昭和二九年一月二六日の買収予定指定の効力が依然効力を存続するものであることを確認する趣旨で、昭和三〇年二月五日付青森県告示第九六号をもつて、本件山林につき未墾地買収予定地の指定の公示その他の手続をしたのである。ところが被控訴人はふたたび誤つて同年三月二六日付青森県告示第二五四号をもつて同法一〇条に基く造林地指定の公示をしたので、その誤りに気付くや、直ちに同年八月一六日付青森県告示第七三五号をもつて右造林地指定を取り消し、同年一〇月二五日控訴人にその旨通知した次第であるが、右造林地指定は、これよりさき昭和二九年一月二六日未墾地買収予定地として指定された農地法適用中の本件山林についてされたもので、造林臨時措置法六条二号の規定に違反し、かつその瑕疵は重大かつ明白であるから、当然無効であるといわなければならない。したがつてこれを取り消した昭和三〇年八月一六日の本件取消処分は適法であり、何ら瑕疵はない。仮に右造林地指定が当然無効でないとしても、開拓事業を強力に推進して農地の増成を可及的速かに達成することは、わが国現下の農業政策上、造林より一層緊急を要する課題とされているのであつて、開拓上必要と認めるときは、一たんされた造林計画及びその指定等を取り消して、未墾地買収することを妨げるものではなく、むしろかえつて一層公益目的に添うゆえんである。

控訴人は、昭和三〇年一月二八日にした取消処分は、昭和二九年八月三一日付の買収令書の交付のみならず、同年一月二六日の買収予定地の指定をも含む旨主張するけれども、被控訴人の取り消したのは前者のみであつて、後者を含まない。農地法四八条一項の買収予定地の指定と同法五〇条の買収令書の交付とは、明らかに別個独立の行政処分である。すなわち、同法四八条一項の買収予定地指定の公示後、五〇条による買収令書の交付までの間に、当該土地の所有権があつたときは、所有者に対し買収令書を交付すれば足り、買収予定地の指定その他の手続をやり直す必要はないし、また買収令書を交付した後所有権の移転がなされたときは、六〇条により承継人に対し当然に買収の効力が及ぶものとされており、そしてまた五二条四項は、買収の時期までに対価の支払または供託をしない場合は買収令書は効力を失うのみ規定し、その他の手続まで失効するとはいつていない点にかんがみても、買収予定地の指定と買収令書の交付とは別個の行政処分であることが明らかである。したがつて後者が取り消されても直ちに前者の効力には影響がないのである。それで昭和二九年八月三一日付の買収令書の交付による買収処分の取消は、同年一月二六日の買収予定地の指定の効力には何らの影響がなく、右は依然として有効に存続していたものといわなければならない。

昭和二九年一月二六日の未墾地買収予定地の公示と、昭和三〇年二月五日のそれとの内容が若干異るのは、次の理由による。すなわち、控訴人は昭和二九年八月一七日本件山林を含めて合計一六九町一反一畝五歩を上北農林株式会社から買受取得後、同年一一月八日字柳沢一番五一号、九八番六一号を合筆して、そのうち現況山林部分を九一番五一号山林一一〇町四反三畝三歩として分筆し、さらに同日及び同月一〇日現況畑の部分を九一番一七九ないし二一七号に分筆したこと、また九一番一一一号は元来畑であり、九一番一号、同番五三号は渋沢同族会社の所有であつて昭和二九年七月一日買収済みとなつたので、これらを除外してさきにした買収予定地指定の公示を修正する必要があつたし、その他控訴人が主張するような事情もあつたので、被控訴人は右公示を修正確認する趣旨で、昭和三〇年二月五日の買収予定地指定の公示をしたにすぎないのであつて、控訴人主張のように、後者をもつて前者を取り消したのではない。しかも両者の内容の差異は僅少であつて、その間同一性を欠くほどのものではない。以上の次第で昭和二九年一月二六日の買収予定地の指定が失効したことを前提とする控訴人の主張の理由がないこと明らかであり、その他昭和三〇年八月一六日にした造林地指定取消処分には、控訴人主張のような違法はないから、これが取消を求める控訴人の本訴請求は失当であると述べた。(証拠省略)

理由

本件山林四筆はもと上北農林株式会社の所有であつたのを、控訴人が昭和二九年八月一七日これを買い受け、同年九月二一日その旨所有権移転登記を経由したこと、被控訴人が昭和三〇年一月一一日その対象土地を、「青森県上北郡六戸村大字犬落瀬字柳沢九一番山林の伐採跡地三〇町歩」として、これにつき造林臨時措置法七条に則り造林計画を立ててその旨公示し、次いで同年三月二六日付青森県告示第二五四号をもつて造林地指定の公示をし、そのころその旨控訴人に通知したこと、しかるに被控訴人は、右山林は同年二月五日農地法四八条による未墾地買収予定地として指定を受け、農地法適用中の土地であることを理由に、同年八月一六日付青森県告示第七三五号をもつて前記造林地指定を取り消す旨を公告し、同年一〇月二五日付書面でその旨控訴人に通知したことは当事者間に争がない。

被控訴人は、前記造林地指定の対象とされた字柳沢九一番なる土地は公簿上存在しないから、右造林地指定は目的不能の行政処分で無効である。仮に右土地が本件山林に該当するとしても、その合計約一五〇町歩のうち三〇町歩では範囲が特定しないから、右指定は無効である旨主張するので、まずこの点について判断する。

成立に争のない甲第五、六、一〇、一一号証、原審証人佐々木末四の証言によれば、控訴人は昭和二九年一一月一八日青森県古間木林務出張所にあて、本件山林内に散在する伐採跡地合計三〇町歩につき、便宜一括して元番である字柳沢九一番山林三〇町歩と表示し、その位置、範囲を明示した図面を添付して「伐採跡地等報告書」と題する書面(甲第一〇号証)を提出したところ、同出張所の係職員佐々木末四が現地に臨み、右添付図面と照合して実地につき調査した結果、右三〇町歩の地域が造林臨時措置法所定の要件を具備するものと認定してその旨被控訴人に報告し、これに基いて被控訴人は右三〇町歩につき昭和三〇年一月一一日造林計画を定めてその旨公示し、次いでその確定を待つて同年三月二六日付青森県告示第二五四号をもつて前記造林地指定処分をした事実を認めるに十分である。これによれば、前記造林計画及びこれに基く造林地指定の対象とされた土地は、その表示に正確を欠く点はあるにしても、まさしく本件山林のうち三〇町歩であり、かつその範囲は図面をもつて特定されているのみならず、現地についても特定されており、なんびともその範囲を識別できるのであるから、被控訴人のこの点に関する主張は失当であり、採用できない。

よつて次に、被控訴人が昭和三〇年八月一六日付青森県告示第七三五号をもつてした右造林地指定処分の取消処分の適否について判断する。

控訴人は、被控訴人の昭和三〇年一月二八日付買収処分取消によつて取り消されたのは、昭和二九年八月三一日付買収令書の交付による買収処分だけでなく、同年一月二六日付青森県告示第五六号をもつてした未墾地買収予定地の指定をも含むと主張するに対し、被控訴人は、取り消されたのは、同年九月一五日上北農林株式会社に対してした買収令書の交付処分だけであり、前記買収予定地指定の効力には何ら影響はない旨抗争するので考えてみるのに、農地法四八条による未墾地買収手続は、知事の買収土地の調査から始まり、開拓審議会への諮問とその答申、買収すべき土地の選定(買収予定地の指定)及び公示、農業委員会への通知、農業委員会の公示及び土地所有者への通知、所有者等の意見書の提出等の手続を経て、所有者への買収令書の交付、対価の支払をもつて終る一連の手続でなり、そして買収予定地の指定は買収令書の交付という終局の目的を達するための準備段階にある行為であるが、両者はそれぞれ独立した行政行為であり、そしていわゆる買収処分とは買収令書の交付をいい、買収予定地の指定を含まないのであり、したがつて買収処分が取り消されても、当然には買収予定地指定の効力には影響がないことは、農地法の諸規定に徴し明らかである。それで昭和三〇年一月二八日した取消処分の対象は、控訴人主張の昭和二九年八月三一日付買収令書(後記認定のとおり、上北農林株式会社に交付されたのは同年九月一五日)の交付による買収処分であつて、同年一月二六日した買収予定地の指定を含まないと一応考えられないでもない。

しかしながら、成立に争のない甲第八号証によれば、被控訴人が昭和三〇年八月一六日付青森県告示第七三五号をもつて、同年三月二六日付同告示第二五四号による造林地指定処分の取消をするに当り、その理由として、「上北郡六戸村大字犬落瀬字柳沢九一番地の山林三〇町歩に対する造林地指定は、当該土地が昭和三〇年二月五日青森県告示第九六号による農地法適用中の未墾地買収予定地であるから取り消す」といつており、「昭和二九年一月二六日青森県告示第五六号による農地法適用中の未墾地買収予定地であるから」とはいつていないのである。

また被控訴人が昭和三〇年一月二八日買収処分の取消をするに至つた事情と経過を見ると、成立に争のない甲第九号証、乙第二号証の一、二、原審及び当審証人佐藤輝房の証言によれば、被控訴人は昭和二九年一月二六日当時上北農林株式会社の所有であつた本件山林外二筆合計一六九町一反一畝五歩につき、農地法四八条に則り未墾地買収予定地の指定をし、次いで買収期日を同年七月一日と定めて買収処分をし、右訴外会社にあて買収令書を交付しようとしたところ、その受領を拒絶されたので、そのころ交付に代る公告をしたけれども、買収期日までに対価を供託しなかつたため、同法五二条四項の規定により、右買収令書は失効するに至つたこと、それで被控訴人は、さらに買収期日を同年一一月一日と定めて同年九月一五日右訴外会社に買収令書を交付したところ、右訴外会社は本件山林等の所有権がすでに控訴人に移転しているからとの理由で対価の受領を拒絶したため、調査の結果、右山林は同年八月一七日控訴人に譲渡され、九月二一日その旨所有権移転登記がされている事実が判明したので、被控訴人は、買収の相手方を右訴外会社とする右買収処分は違法であるとの見地から、昭和三〇年一月二八日これを取り消すに至つたものであることが認められる。

そしてまた成立に争のない乙第一号証の一、二及び前掲乙第二号証の一、二によれば、昭和二九年一月二六日した未墾地買収予定地指定の対象は、本件山林外二筆合計一六九町一反一畝五歩であるに対し、昭和三〇年二月五日した買収予定地指定の対象は、本件山林四筆だけでその余を除外し、しかも九一番五一号は当初一二一町五反七畝二二歩であつたのがその後分筆により一一〇町四反三畝七歩となり、そのうち九三町四反三畝七歩を買収の対象としたので、本件山林四筆の買収範囲の合計は一一一町五畝二五歩となり、右二つの買収予定地を比較すると、その間に五八町五畝一〇歩の差があることが認められ、なお前記証人佐藤輝房、当審証人岡部正道の各証言によれば、被控訴人は、昭和三〇年二月五日買収予定地の指定をするに当り、さきにした昭和二九年一月二六日の買収予定地指定の公示を変更する手続をとらず、最初から全部の手続をやり直した事実が認められ、以上の認定を左右するに足りる証拠がない。

右認定にかかる諸事実を彼此合せ考えれば、本件山林の所有者も変り、買収すべき範囲も減縮しなければならず、かつまたさきの指定からすでに一年余も経過しており、その間たびたび買収処分をくり返えしたがその目的を達しなかつた従前の経緯等諸般の事情にかんがみ、被控訴人としても、本件山林に関する買収手続を一応白紙に還元し、最初の段階からやり直すに越したことはないと考え、昭和三〇年一月二八日付指令第三三八号をもつて、昭和二九年九月一五日交付にかかる買収令書の交付処分のみならず、根本にさかのぼつて同年一月二六日の買収予定地の指定までも取り消す趣旨でこれを取り消し、改めて昭和三〇年二月五日青森県告示第九六号をもつて買収予定地の指定をし、その旨公示したものと認めるのを相当とする。

被控訴人は、昭和三〇年二月五日の買収予定地の指定の公示は、さきにした昭和二九年一月二六日のそれがなお有効に存続することを確認する趣旨でした旨主張するけれども、その然らざることは前認定のとおりである。そして一般に、有効に存続する行政処分を確認する趣旨でさらに重ねて同一内容の行政処分をすることはあり得ないのであつて、もしかような趣旨で第二の行政処分をしたのであれば、右処分は全然無意味で何らの効力を生じないのであり、またもし第一の処分を確認する趣旨でしたのでなければ、第二の処分をもつて第一の処分を暗黙のうちに取り消す趣旨でしたものと解すべきものである。本件で、被控訴人がもし昭和二九年一月二六日した買収予定地指定の公示の効力を維持する意図であつたならば、農地法四八条六項の規定により公示変更の手続をとるをもつて足り、あえて新規に買収予定地の指定の公示から始めて開拓審議会への諮問等その後の手続をくり返えす必要はなかつたわけであり、またもしも再度そのような手続をとる必要があると判断したのであれば、昭和三〇年二月五日した買収予定地指定の公示で、さきにした昭和二九年一月二六日の買収予定地指定の公示の効力を推持する旨を明示して然るべきであつたと考えられるのに、かような方法をとらなかつた点にかんがみても、被控訴人主張の趣旨で昭和三〇年二月五日の買収予定地の指定及び公示をしたものとは解されない。被控訴人の右主張に添う原審及び当審証人佐藤輝房、当審証人木村陸奥男、岡部正道の各証言部分は、前記認定に供した各証拠に対比し、たやすく措信し難く、その他被控訴人の提出援用にかかる全立証をもつてしても、前認定を覆し、被控訴人の右主張事実を認めることができない。

してみれば、被控訴人が昭和三〇年一月一一日本件山林のうち三〇町歩につきした造林計画の公示は、これよりさき昭和二九年一月二六日した未墾地買収予定地指定の公示が有効である間は、造林臨時措置法六条二号の規定により違法であることを免れなかつたのであるが、昭和三〇年一月二八日付指令第三三八号をもつてした取消処分により、右買収予定地指定の公示が失効した結果、右造林計画は適法なものとなり、したがつてその後昭和三〇年二月五日付青森県告示第九六号をもつてした未墾地買収予定地の指定の公示は、同法二三条に違反しその効力を生ずるに由なきに至り、右造林計画に基き同年三月二六日付青森県告示第二五四号をもつてした造林地指定は適法であつて何らの瑕疵がないものといわなければならない。そうすると、被控訴人が、右造林地指定が造林臨時措置法六条二号の規定に違反することを理由として、同年八月一六日付青森県告示第七三五号をもつて右造林地指定処分を取り消した本件取消処分は、取り消すべき理由がないにかかわらず取り消したことに帰し、違法であること明らかである。

被控訴人は、仮に右造林地指定が適法であつても、農地の増成を達成することが、わが国現下の農業政策上、造林より緊急を要するから、開拓行政上必要があると認めるときは、一たんされた造林地指定を取り消すことはより一層公益目的に合致し、何ら妨げない旨主張するけれども、行政庁といえども、一たん行政処分をしたときは、その行政処分に瑕疵が内在するとか、或はその後に事情が変遷し、これを存続せしめることが公益に適合しなくなつた場合等の事由がない限り、ことに当該行政処分によつて国民に権利また利益を与えた場合は、右行政処分を取り消すことは許されないものと解すべきである。けだし、一たん行政処分がされると、それを基礎として多種多様の生活関係が築かれ、法律秩序が発展してゆくのであるから、これを自由に取り消し得るとなると、国民の権利を不当に奪い、既成の法律秩序を破壊することになるからである。

本件において、前記造林地指定には何らの瑕疵が字在しないことは前認定のとおりであり、そして開拓行政上必要があるからというだけでは、直ちに造林地指定を取り消さなければならないほど強度の公益性の要請があるものとはいわれない。被控訴人はこの点について単に抽象的に公益目的に適合するというのみで、具体的に何らの主張立証をしない。かえつて、成立に争のない甲第一三号証の一二、当審での控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は前記造林地指定に基き、その指定にかかる三〇町歩のうち一五町歩に第一回の造林として昭和三〇年一〇月二五日までに杉及び落葉松五五、〇〇〇本を植栽して国から相当の補助金の交付を受け、今後も残余の部分につき引き続き造林する計画であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠がない。このように控訴人は、被控訴人のした前記造林地指定処分に基き、すでに相当範囲にわたり造林を実施し終つた現在、これを取り消すことは控訴人の既得の権利を侵害し、かつ多大の損害を被らしめることになることが明白であり、しかもこれを取り消さなければならない特段の公益上の理由の見当らない本件では、前段説示の趣旨において、右造林地指定処分の取消は許されないものといわなければならない。

してみると、控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、正当として認容すべきであるところ、右と判断を異にし、昭和二九年一月二六日した買収予定地指定の公示がなお有効に存続するとの前提に立ちち、その後にした前記造林地指定が違法であり、したがつてこれを取り消した昭和三〇年八月一六日付青森県告示第七三五号による本件取消処分は適法であると判断して、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は不当であるから、これを取り消すべきである。

よつて民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 鳥羽久五郎 佐藤幸太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例